博物館の夏は、子どもたちだけでなく、学芸員を目指す大学生にとっても特別な季節です。実習を通して、資料と向き合い、展示を作り、来館者と接する――その一つひとつが、学芸員という仕事の本質に触れる貴重な学びの場となります。
キョロロでは現在、夏季企画展「われら両生類!里山のカエル展Ⅱ」を開催中です。夏休みに入り、連日たくさんの子どもたちが訪れ、館内はにぎやかな声と好奇心で満ちています。フィールドでは土日を中心に自然体験イベントが開催され、暑い中ですが子どもたちは里山の自然の中で様々な発見と学びに触れています。そんな中、もうひとつの“夏の風物詩”があります。それが、大学生を対象にした「博物館実習」です。
博物館実習は、学芸員資格を取得するために必要な実習で、全国の博物館で実施されています。大学で座学として博物館の理論を学ぶだけでなく、実際の博物館で現場の仕事を体験し、学芸員の役割や博物館の機能を肌で学ぶための貴重な機会です。キョロロでも、8~9月になると全国各地の大学から実習生が集まり、1週間から10日ほどのプログラムに挑みます。
収蔵資料と向き合う日々
博物館の価値を支える土台は、その収蔵資料にあります。実習では、その資料管理を体験してもらいます。たとえば、昆虫標本の管理作業では、収集された標本に採集情報付けたり、昆虫標本の防虫剤を交換したりと、自然史資料の取り扱いについて学びます。地味な作業ですが、自然環境や生物多様性の記録を未来に残すための大切な仕事です。標本や資料ひとつひとつに向き合いながら、博物館が果たす「記録と継承」の役割を実感できる時間でもあります。

昆虫標本の管理作業

アメリカザリガニの体長の計測
展示づくりは“伝える力”の訓練
一方で、博物館はこのような資料を「見せる」場所でもあります。実習では、学芸員と相談しながら小さな展示を企画・制作する課題があります。テーマに沿ってどの資料を選び、どう並べるのがわかりやすいのか?キャプションはどんな言葉なら伝わるのか?展示する高さは?フォントのサイズは?「何を伝えるのか」と「どうしたら伝わるのか」を考え抜きながら完成させる展示は、実習生ならではの感性が光る素敵なものになります。
たとえば昨年の実習生が取り組んだ展示では、「昆虫たちが作り出す子育てのカタチ」というテーマで展示を制作しました。ゾウムシやチョッキリという昆虫がドングリの中に産卵した痕を虫眼鏡で探すハンズオン展示では、来館者が「見つけた!」と夢中になる姿に、実習生も大きな達成感を得ていました。初めての挑戦に戸惑いながらも、展示が来館者とつながる瞬間を目の当たりにした経験は、実習生にとって大きな成長の一歩になりました。

博物館実習生が制作したミニ展示の例-昆虫たちが作り出す子育てのカタチ-

博物館実習生が制作したミニ展示の例-ザリガニ博士になろう-
参加体験型の博物館だからできること
キョロロの特徴は、展示を見るだけでなく、来館者との交流が多いことです。実習生には自然体験イベントの補助や受付業務も体験してもらいます。体験イベントでは、参加者に向けて説明をしたり、質問を受けたりするシーンもあります。参加者を前にした自身の態度や言葉選びが、参加者の気づきや学び、そして博物館の印象につながっていくことに、実践的に触れてもらいます。子どもたちの小さな興味に寄り添う大切さを実感できるのは、実習ならではの学びです。また、自分が準備した展示を見た来館者が「おもしろい!」と目を輝かせる瞬間に立ち会えるのは、机上では決して得られない貴重な経験でしょう。博物館は研究の場であると同時に、人と人、そして人と自然とをつなぐ場所であることを、実習を通して体感できるのです。

自然体験イベントで参加者に説明をする実習生
学芸員との対話と振り返り
10日ほどの博物館実習の中では、現場の学芸員との対話や助言も大きな学びの機会です。毎日終了時に日誌を提出してもらいますが、そこには「展示を見た来館者から面白かったと声をかけてもらった」「子どもの質問にうまく答えられなかった」といった、その日の経験が記されています。その都度、学芸員から評価や改善点を伝え、翌日の実習に生かしていく――この繰り返しが、博物館で「伝える」という役割の重要性を身をもって学ぶことにつながります。
博物館の仕事は“記録を未来に託す”仕事
学芸員は求人数が非常に限られた職業ですが、博物館の仕事は“未来への橋渡し”。資料を守り、展示で伝え、来館者に新しい発見のきっかけを届ける――その一つひとつが、地域や自然、そして文化を次の世代へと手渡していく営みです。実習生たちは、毎回この現場で奮闘し、「自分の学びが社会とつながる実感」を得ています。地道な作業や準備も、来館者の笑顔と「わかった!」という瞬間につながるとき、学芸員という仕事のやりがいを実感できるのではないでしょうか。
この夏もまた、キョロロには学芸員資格取得を目指す新しい挑戦者たちが集まります。彼らがこの実習で得た経験が、未来の博物館をより豊かにしていく――そんな期待を胸に、彼らのチャレンジを応援したいと思います。
* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。8月9日は、越後松之山「森の学校」キョロロ 学芸員の小林誠さんです。お楽しみに!