SDGs de はぐくむコラム

あなたも研究者! ーシチズンサイエンスがつなぐ自然と私たちー

SNSでシェア

「シチズンサイエンス」という言葉を聞いたことがありますか?英語では “Citizen Science”。日本語では「市民科学」といいます。これは、研究者だけでなく、市民が自分の興味関心や身近な活動を通じて科学研究に参加し、観察や記録、データ解析などを通して科学的な理解を広げる活動に関わる取り組みを指します。

「サイエンス」や「科学」と聞くと、少し難しく感じるかもしれません。最近のノーベル賞の話題でも、「科学研究って、研究者がするものでしょ?」という印象を持つ方も多いでしょう。けれども、科学は研究者だけのものではありません。日々の暮らしの中で自然に目を向け、身近な自然を観察すること、それも立派な科学の原点です。

シチズンサイエンスで研究者だけでは調べきれないこと、見落とされがちなこと、継続が難しいことなどを、多くの人が協力して観察・調査することで明らかにできるケースが増えています。たとえば、市民が参加して行う天体観測や野鳥観察、生き物の分布調査、古文書の解読、マイクロプラスチックの採取など、活動は多岐にわたります。最近では、スマートフォンのアプリを使って誰でも記録できる仕組みも広がり、世界中で“みんなの科学”が進化しています。

「森の学校」キョロロでは開館以来20年以上にわたって、里山の自然の魅力をシチズンサイエンスで見える化する博物館活動を続けています。学芸スタッフや地域団体の調査研究活動を「市民参加型生きもの調査」として一般参加型のイベントとして開催し、市民とともに里山の自然を調べる活動です。ほぼ毎週末、何かしらの「市民参加型生きもの調査」が開催されています。子どもから大人までいわば誰もが“研究者”になれる場をつくっています。

こども探鳥会

花ごよみしらべ

「探鳥会」や「花ごよみしらべ」など季節ごとの生き物を調べるものから、「川の生き物しらべ」「雪虫しらべ」といった環境や季節に特化した調査、さらに「カニムシしらべ」「ガガンボしらべ」といった専門的なテーマまで、多彩な調査を行っています。専門家と一緒にフィールドで生き物を観察できるため、リピーターの参加者も多く、キョロロならではの体験型コンテンツとして定着しています。

ガガンボしらべ

これまでに確認された生き物は1300種を超え、参加した子どもたちが採集した標本をもとに、新潟県内初記録種や日本初記録種も見つかりました。特に専門家が少ない分類群では、全国的にも貴重なデータが得られています。こうした成果は、企画展「みんなでみつけた1322種のいきもの展(2022年春季)」のテーマとしたり、ミニ図鑑を作成してWebで公開したり、地域の図書館に収めたりして、市民や地域に広く成果を共有しています。

2022年春季企画展「みんなでみつけた1322種の生き物展」

参加者からは「思ったよりも多くの生き物がいた」「近くの自然がこんなに豊かだったなんて」といった感想が多く、参加をきっかけに地域の自然に関心を持つ人が増えています。実際に観察し、自分の手で採集・記録する体験は、自然との距離をぐっと近づけます。研究的な成果と同じくらい、参加者が自然を“自分ごと”として感じられることが、シチズンサイエンスの大きな意義だと感じています。

一方で、取り組みを続けるうえでの課題もあります。参加者が記録するデータの精度を保つための工夫や、継続的に活動を続けてもらう仕組みづくり、限られた人員での運営など、現場には多くの試行錯誤があります。キョロロでは、誰でも手軽に参加できる方法を考えたり、子ども向けに簡易同定ツールや採集ツールを開発したりと、楽しさと科学性のバランスを大切にしています。何よりも、参加者が「楽しかった」「またやってみたい」と感じること。その気持ちが、次の行動につながり、地域に根づく科学文化を育てていくのだと思います。

シチズンサイエンスは、SDGs(持続可能な開発目標)にも深く関係しています。特に目標15「陸の豊かさも守ろう」は、生物多様性の保全を市民が主体的に支える活動そのものです。さらに、観察や調査を通して科学的なものの見方を育むことは、目標4「質の高い教育をみんなに」に通じ、学校の探究学習や地域学習との連携にも広がっています。そして、地域の博物館・学校・研究者・市民団体などが協働して活動を進めることは、まさに目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の実践です。身近な自然を知り、記録し、守ることは、持続可能な地域づくりの第一歩なのです。

顕微鏡で雪虫の観察

博物館は、専門家と市民をつなぐ「場」として、シチズンサイエンスととても相性の良い存在です。展示や体験プログラムを通して科学の面白さを伝えるだけでなく、調査や発表の場を提供することで、市民が科学の担い手になるきっかけを生み出します。こうした循環が生まれることで、博物館は単なる知識の展示空間から、地域の“知の交差点”へと進化していきます。

市民が科学に関わることで、地域の自然や文化の価値を“自分たちの手で見つめ直す”ことができます。シチズンサイエンスは、科学と地域をつなぐやさしい架け橋。これからもキョロロでは、みんなで調べ、学び合い、未来へとつなぐ活動を続けていきたいと思います

 

     

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。10月25日は、越後松之山「森の学校」キョロロ 学芸員の小林誠さんです。お楽しみに!

http://立石勇生 SUNNY SIDE | BSNラジオ | 2025/10/25/土 10:00-11:00 https://radiko.jp/share/?sid=BSN&t=20251025100000

この記事のWRITER

小林誠(十日町市在住 越後松之山「森の学校」キョロロ 学芸員)

小林誠(十日町市在住 越後松之山「森の学校」キョロロ 学芸員)

1980年、長岡市生まれ。北海道大学大学院環境科学院博士後期課程修了(環境科学博士)。大学時代は北海道をフィールドに北限のブナ林を研究。現在、十日町市立里山科学館 越後松之山「森の学校」キョロロ学芸員。里山の生物多様性をキーワードに教育普及、体験交流、観光や産業などの側面から、地域博物館を活用した地域づくりに挑戦中。2児の父親。
SNSでシェア

新着記事