大人の本棚・こどもの本棚

日の名残り

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大きな屋敷の執事である主人公のスティーブンスは、新しい主人ファラデーに許可を得て短い自動車旅行に出かけます。しかし、その道中に思い起こされるのは、前の主人であるダーリントン卿のもとで仕えた過去の栄光です。語り手であるスティーブンスは、ダーリントン卿がいかに崇高な人物であり、また政治的にも中心にいたか、そこで自分はいかに誠実な執事として充実した日々を過ごしていたかを力説します。しかし、読者にはそれはスティーブンスの思い込みであることが伝わってくるのです。

イギリスのノーベル賞作家カズオ・イシグロが、大きな屋敷の執事である主人公のスティーブンスに託して、去りゆくイギリスの伝統的な階級社会を描いた作品で、イギリスの文学賞ブッカー賞を獲得したものです。カズオ・イシグロは5歳の時に父の仕事の関係で日本の長崎からイギリスに渡った日本人で、後にイギリスに帰化しました。日本が舞台の作品もあるのですが、私個人としてはこの作品が最も好きです。過去の栄光に縛られて生きている主人公の姿が、かえって現在の日本の状況と重なるというところに惹かれるのかもしれません。

推薦者:足立幸子(新潟大学教育学部教授。新潟アニマシオン研究会顧問。専門は国語科教育学・読書指導論。学校や家で子どもが読書をするための方法や環境について研究している。)

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