2025年、今年の夏も暑かった。本当に暑かった…。

そんな真夏の8月、そこは上越市。シャリシャリと音を立て回転するコーヒー豆を焙煎する機械の前に僕はいた。焙煎室と呼ばれるその部屋にはエアコンがない。バーナーの火が煌々と燃え上がり、焙煎機の鉄板を熱くする。外もすでに35℃近い暑さだが、さらに焙煎機からの熱で汗が止まらない。焙煎機の温度上昇に気を配り、時間ごとに少しの調整をする。そしてタイミングになったら焙煎機の火を止め、焙煎機からコーヒー豆を取り出すと、立ちこめる煙と共に、焼き上がったコーヒーの香りが一瞬にして溢れだす。コーヒー豆の焙煎はそんな地味な作業の繰り返しだ。

ここ2年ほど、僕は上越市にある「ディグモグコーヒー」のコーヒーの焙煎を担当している。普段は東京に住んでいるので、焙煎のために月に2度くらい、上越市に通っている。「イラストの仕事もよく上越で描いている」と東京で仕事相手に話すと、「ワーケーションですね」とか「二拠点生活ですか、いいですねー」とよく言われる。
確かに、東京の事務所で全ての仕事をしていた時より、気分転換はうまくいっている気はする。新幹線だと約2時間、車でも4時間くらいで東京とは違った空気を感じられるし、新潟の美味しい食べ物が食べられるのもいい。
けど、実際は、「二拠点生活ですか、いいですねー」と言った人が想像しているほど、のんびりもしていない。朝から午後までコーヒーの焙煎。夕方少し休んでからイラストやデザインの仕事となると、もうかなりの疲労感でいっぱいだ。
僕が上越市にコーヒーの焙煎所、コーヒースタンド兼コーヒー豆の販売所「ディグモグコーヒー」を作ったことは東京の友人、知人たちにもなんとなく伝わっている。だけど、そこのコーヒー豆を自ら焙煎するために月に2度、東京と上越間を往復していることはまだあまり知られていない。上越の人にも時々話すと驚かれるから、地元でもあまり知られていないのかもしれない。
時々「なんでコーヒーを焙煎しているんですか?」と聞かれることがある。古くから上越にある雁木通りを残せるようにと、古い町屋を活用して何かしたいと思った。そこでこの焙煎所を作ったが、けれどそれが僕自身で焙煎をする理由にはならない。
そんな理由を考えていると、時々感じるのは、コーヒーはいろんなモノゴトと相性がいいということだ。例えば本を読む時、映画を観る時もコーヒーを飲むし、ドライブに出かける時も飲み物はコーヒーだったりする。どうしても徹夜で仕事を仕上げないといけない時には、本当によくコーヒーにお世話になった。
そんなにコーヒーにお世話になっているのに申し訳ないが、どの場面を思い出してもコーヒーは「絶対なくてはいけない」といったものではなく、「あれば嬉しいけど、まぁ無くてもいいか」くらいのものと感じる時がある。もちろん僕はコーヒーが大好きだが…。
あったらちょっと嬉しい。それはもしかしたら僕のイラストレーションの仕事にも似ているかもしれない。そこにあったらちょっと嬉しい、全くないと寂しい。
僕はそんなことが好きなのかもしれない。
テレビをつけて不意にハレッタが現れたら、観ている人が自然と笑顔になる。そんな場面を多く作れたらと、絵を描いている。
僕がイラストレーションで思っていることのように、ちょっとだけ嬉しい場面を作り出す。自分の焼くコーヒーでそんな場面を作り出せたらそれもとても嬉しいことだ。
そんな理由が、僕をまた焙煎へと向かわせているのかもしれない。

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。
11月1日は、「ハレッタ」のキャラクターデザインを手がけた、イラストレーターでアートディレクターの大塚いちおさんです。お楽しみに!
