2010年にJICA教師海外研修*でブータン王国を訪れました。ブータンといえば、「世界一幸せ度が高い国」として皆さんの記憶にあるかもしれません。今回は、当時の滞在エピソードを元に、「幸せ」という側面から持続可能な開発とは何かということを考えてみようと思います。
ブータンの開発は、国民全体の幸せへと繋がることを原則としています。将来世代のことを考え、伝統文化を守り、自然環境を保護し、国民参加型で国の統治を進め、過度な経済発展よりも持続可能性を追求してきました。国をつくるリーダーのその姿勢は国民へも浸透し、皆、国王を敬愛し自分たちの足元を大事にしています。
ブータンの人たちは助け合う力が強い、と感じる場面がたくさんありました。コミュニティの中には「お互い様の文化」が当たり前のようにあります。ある時には、玄関先にドサッと野菜のお裾分けが置かれていたり、ある時には食事に困った遠い親戚の子を預かっていたり。こうした光景は、”田舎育ち”の私には「懐かしい」とも感じられました。チベット仏教を信仰し、生きとし生けるすべての物を大事にする国民性ゆえでもありますが、それ以上に、人との繋がりの中で生きている豊かさがブータンにはありました。
ホームステイをしたポプジカ村は、飛来するオグロヅルが電線に引っかかってはかわいそうだ、と「電気よりも鶴を選んだ村*」でした。自然と人間とが共生するこの村の人々は、日の出とともに活動を始め、日が暮れれば体を休めます。薪ストーブを焚き、肉は干して、使う分だけをほぐして食していました。エアコンも電子レンジも冷蔵庫もないけれど、家族の会話と丁寧な暮らし方がそこにはありました。
ホームステイ先のお母さんに「大切なものは何か」と聞くと、「心も体も健康であること、そうでなければ、家族を支える*ことはできないから。」と。このお母さんの言葉の重みが最近よくわかります。他者を幸せにするにも、社会を幸せにするにも、自分が「健幸」であることから始まるのではないでしょうか。健幸のために無理をしない、これは持続可能な社会づくりに向けた私自身の大事な哲学となっています。
近年、ブータンの「幸せ」は変化してきました。都市部では工業化が進み、大気汚染が深刻です。高い失業率や低雇用から、強盗や薬物乱用といった犯罪が若年層を中心に増えました。また、時間と心のゆとりとともにあった家族の「豊か」な時間は、多くの時間がスマホを見ることやインターネットカフェにいる時間に取られているといいます。今ある幸せに感謝していたブータン国民の「足るを知る心」は、近代化の波の中で揺らいでいます。伝統社会の継承と開発のバランスは、世界一幸せ度が高い国ですら、困難を見せています。
さて、ブータンから学ぶ「幸せ」から、子どもたちの未来が幸せであるために私たち大人に課せられていることは何か、ということをもう一度問い直していかなければならないと思っています。その視点の1つとして、SDGsがあるのではないでしょうか。
*6月5日(土)BSNラジオ 朝10時~「立石勇生 SUNNY SIDE」で放送予定です。
(注)
・JICA教師海外研修・・・実際に開発途上国を訪問して学び、その成果を学校現場の授業実践等を通じて教育に役立てることを目的とした日本国際協力機構の教員研修事業。
・電気よりも鶴を選んだ村・・・現在は、電線を地中に埋めることでポプジカ村には電気が通っている。
・家族を支える・・・ブータンの一部地域では、女性が世帯主となる女系制社会が根付いている。お母さんの気質も「一家の大黒柱」である。