SDGs de はぐくむコラム

“消えるSNS”は何のため?

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「なお、このテープは自動的に消滅する。健闘を祈る。」

ドラマの主人公は、謎の人物から司令を受け取りますが、その司令を録音したテープは、このようなメッセージの後に消滅します。1960-70年代に放送されたテレビ番組「スパイ大作戦」の名物シーンとして知られています(実は私もちゃんと見たことはないのですが)。「極秘任務」を誰が何のために出したのか。一切の証拠を残さないということなのでしょう。

SNS/メッセージングの普及した現在、私達は、メッセージを「消す」機能/「消える」機能を手にしています。

去年12月、新潟県警が大麻取締法違反で22人を摘発したと発表しました。このニュースでは、10代の少年・高校生が含まれていたということともに、消える「SNS」が利用されたという点も強調されています。このときに使われた「SNS」というのは、実際にはテレグラムというメッセージングのサービスで、友達に近況を伝えるタイプのSNSではありません。あらかじめ設定した時間が経過すると、「スパイ大作戦」のごとく、このメッセージの痕跡が消えるというものです。Twitterを介した大麻の取引では、「#野菜」(大麻)、「#アイス」(覚醒剤)、「#手押し」(直接手渡し)といったハッシュタグを使って、公然と買い手が募集されています。その後、具体的な取引は、連絡手段をテレグラムに変更し、痕跡が残らない形でやりとりがされるわけです(もちろん、このように逮捕者が出ているということは、こうしたやりとりを追いかける手法を、警察も確立しているものと考えられます)。日頃使い慣れていて、犯罪に巻き込まれる雰囲気を感じないTwitterを介して、新潟の若者たちも容易に犯罪に巻き込まれています。

メッセージのやりとりを消そうするのは、後ろめたいことがあるからで、こんな匿名のサービス/消えるサービスは禁止したらいいではないか…。そう考える人もいるかもしれません。しかし、いつ誰と何を通信したかというのは、基本的人権として守られるべき情報であり、この機能自体に問題はありません。香港の民主化運動では、運動に参加する人々の間では、テレグラムでやりとりが行われているといいます。香港民主化運動が「いい運動」か「悪い運動」かについて、中国政府とその他の国で評価がわかれる今、運動に関わる人の使うテレグラムについても、その良し悪しを簡単に評価できるものではありません。インターネットの匿名性をどう保証するかというのは、実は長らく評価が分かれてきた問題でもあります。

SNSを使う一般の人達も、痕跡を残したくないという欲求を、別の形で持っているようです。Instagramのストーリーなど、消える投稿の機能は各種サービスが人気なのは、そのあらわれでしょう。主に写真や動画を投稿するSNSでは、通常のフィード投稿(残る投稿)とは別に、一定時間後に消える投稿ができるようになっています。数年前に登場して以来、ユーザに支持され完全に定着しています。なぜこの機能が使われるのか、いろいろな解釈があるでしょう。たとえば、連続したフィード投稿は多くの人のタイムラインを占拠してしまうので、たわいもない写真はストーリーで消える投稿にするという声を聞くこともあります。おそらくその中で評価の高かったものと、フィードのほうに「本番」として投稿するのでしょう。それと同時に、不用意な投稿による「炎上」を防ぐという狙いも考えられます。アルバイト店員が、ふざけた内容をTwitterに投稿し、大きな社会問題になっていったのは2013年ですが、「消える投稿」が出始めたのもこの時期なので、おおよそタイミングは一致します。

ただ、一定期間後に消えるとは言っても、みんなが見えるところに一度投稿したものを、完全に消し去ることは不可能です。去年、アイドルグループのメンバーが、他のメンバーを非難するコメントをInstagramストーリーに投稿し、大きな話題になりました。ストーリーは公開範囲を設定可能なのですが、設定を間違ったのが理由だと説明されています。人気のアイドルの投稿ですので、わずかな時間公開されただけでも、そのコピーは世の中に出回ってしまいました。

「スパイ大作戦」のごとく、痕跡を残さず「自動的に消滅」させるのは、今の世の中でもそう簡単なことではないようです。多くの人が日記やアルバムに記録を残してきたように、SNSの投稿もまた、すでに私たちのライフログ、生きた軌跡を残すものとなりました。「スパイ」ではない私達も、そのライフログから消したい過去を削除できればいいのかもしれませんが、なかなか思うようにはいきません。状況の変化により、美しい思い出が急に消したい過去に変わり、しかも自分が投稿を消す前に、周りの人々がその自分の投稿を掘り返してしまうこともあります。

投稿時の意図、周りの受け止め方、ネットで拡散する可能性、自分史/ライフログとして功罪など、さまざまな点を考慮した上で、その写真・動画を投稿するかしないか、投稿するとすればどのような公開範囲と公開期間か、熟慮の上で決断する力が、私達にひとりひとりに求められているといえそうです。

この記事のWRITER

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

青森県出身。早稲田大学法学部卒業後、(財)国際通信経済研究所で情報通信の未来像を研究。情報メディア論の教鞭を取りながら、サイバー犯罪・ネット社会のいじめ等を研究。学生向けSNSワークショップを展開。サイバー脅威対策協議会会長、いじめ対策等検討会議委員長などを歴任。現在:敬和学園大学人文学部国際文化学科教授。
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