子どもを交通事故から守る
内閣府主催の交通ボランティア等ブロック講習会で全国を行脚させてもらっています。今年は九州、北海道、東北、近畿のそれぞれの地域で活躍される交通ボランティアのみなさんと時間を過ごしました。本コラムでは、その講習会で共有してきた「子どもを交通事故から守る」というテーマについて、現場での実例と科学的知見を交えながら整理します。

歩行中の児童事故は「10月」に多い
警察庁の統計でも示されているように、歩行中の児童の交通事故は10月に最も多い時期です。日没が早まり、夕暮れ時の視認性が急激に低下する時期であるにもかかわらず、子どもたちは日中と同じ感覚で行動することも原因の一つと考えられます。その結果、横断歩道上での事故が後を絶たないということです。
ここで紹介したいのが、長野県の状況です。信号機のない横断歩道における「一時停止率」は長年全国1位で、88.2%(JAF 2025年)に達しています。一方で新潟県は2023年が23.2%で最下位でしたが、2025年は57.0%まで改善されました。とはいうもの、隣県の長野県と比べると、地理的には「一山越えただけ」の距離でありながら、この差が気になります。
以前、長野県出身の学生から言われたことがあります。長野県では横断歩道を渡った子どもが、止まってくれたドライバーに対して「ありがとうございました」とお辞儀をする文化が根づいているというのです。交通ルールの遵守が、単なる規則ではなく「人と人との関係性」の中で共有されているのですから非常に興味深いです。実際、この光景に心を打たれ、「この地域の教育文化の中で子どもを育てたい」と長野県への移住を決めた家庭の事例もあるくらいです。
交通マナーはその地域が持つ価値観や人間関係の質を映し出す鏡であり、結果的に「住みやすさ」や「幸福感」にもつながっていくとも考えられます。
交通安全は地域づくりそのもの
交通安全、防災、健康と分野は違っても、地域で活動する人々が最終的に目指しているのは「地域の幸福度を高めること」にあると考えています。SDGsに関する調査でも、地域活動に主体的に参加している住民ほど主観的幸福感が高く、居住継続意向も強いことが示されています。月に一度の側溝清掃や、地域の餅つき大会も持続可能な地域づくりのための立派なSDGs実践であり、「自分たちの地域を自分たちで守る」という実感を生みます。交通安全活動もその一部であって、決して特別な取り組みではないというのが私の考えです。
重要なのは「地域ぐるみ」という感覚です。個人の努力ではなく、住民、行政、学校、警察、大学などが緩やかにつながることで、子どもを守る力は大きくなるのだと思います。
子どもと一緒に取り組む意味
幼児向け雑誌の付録としてAEDの模型が付属する事例がありました。実際に電気ショックができるわけではないですが、「AEDという存在を幼少期から知る」こと自体に意味があります。遊びの中で刷り込まれた知識は、いざという時の行動につながるということです。交通安全も同様なのかもしれません。県警、大学生、保育園・幼稚園の子どもたちが一緒になって行う交通安全活動では、子どもたちが家庭に帰り、「スピード出しちゃだめだよ」「ライトつけようね」と大人に声をかける行動につながります。行動変容で大きな影響力を持つのは「心理的に近い存在」だとされており、子どもからの一言は大人の行動を確実に変えるのです。
肯定的体験が子どもを守る
子ども期の体験は、大きく「肯定的体験」と「逆境体験」に分けられます。地域活動や交通安全活動を通じて「人とつながる」「役に立っている」と感じる経験は肯定的体験にあたります。一方で、虐待やネグレクト、家庭内不和などは逆境体験とされます。逆境体験を有する子どもであっても、地域や学校で肯定的体験を重ねた場合、将来的な心身の健康リスクが約半減することが示されています。つまり、交通安全活動は事故防止にとどまらず、子どもの健全な発育発達を支える重要な社会的資源なのかもしれません。
なぜ子どもは飛び出すのか
12歳以下の歩行者事故のうち、約70%は「飛び出し」が原因といわれています。特に7歳児に多く、この背景には、子どもの視野特性があると考えます。いわゆる「チャイルドビジョン」で示されるように、子どもの視野は大人よりも狭く、興味の対象に強くフォーカスされやすいのです。また、また、子どもは、自分と周りの空間の距離感を捉えるのがまだ苦手であり、周囲の危険を同時に捉えることが難しいことも要因なのかもしれません。
そのため、ボールを追いかける、友だちに呼ばれるといった刺激に反応し、躊躇なく道路に飛び出してしまうことにもつながります。
解決の鍵は「遊び」にある?
では、どうすればよいのか。答えは意外にもシンプルなのかもしれません。私は、「子どもと一緒に遊ぶ時間をつくる」ことにヒントがあると考えています。鬼ごっこや追いかけっこなどの遊びを通じて、距離感覚や空間認知を体感的に育てる。その中で、ほんの少し交通の話を織り交ぜてみたり、例えば「この線から先は道路だから止まろうね」といった交通ルールを織り交ぜてみる。そうすることで、机の上での勉強ではなく、体の感覚として「止まる習慣」が身についていきます。
研究室では学生たちが中心となって考案した「ハンドルぐるぐる体操」があります。体操考案の当初は、ドライバーの実施を想定して、体操をすることで運転中の疲労軽減や、リフレッシュを目的としていました。しかし今では、親子で体操をしながら身体を動かし、遊びの延長で交通をイメージさせる仕組みになるとも考えています。特に子どもの中に自然な交通意識を育み、事故予防につながる重要な学習の場になると期待しています。
最後に
最後に伝えたいのは、交通ボランティアのみなさんの取り組みに感謝をしているということです。全国を回って聞こえるのは、交通安全活動の分野もボランティアの高齢化や人手不足が課題だというのです。交通安全活動は、子どもを守り、地域を明るくし、幸福度を高めることにつながると信じています。ボランティアの皆さん一人ひとりの行動が、その地域の未来を確実につくっています。

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。12月20日は、新潟大学人文社会・教育科学系准教授 村山敏夫さんです。お楽しみに!
