新型コロナウイルスの感染拡大で、この夏も、帰省や旅行が難しい日々が続きます。
今回は、自由な往来ができるようになったら…、という希望も込めて、新潟の人々にも人気の旅行先・北海道を取り上げます。観光スポットとは少し違った視点、「新潟から北海道に旅立った人々」、という視点で紹介してみます。現代の私達が望んでいる、楽しい「旅」とはちょっと趣が違うかもしれません。
新潟では数年前、新潟開港150年のキャンペーンや、長岡では戊辰戦争150年展が行われました。この頃、北海道では「北海道150年」というキャンペーンが行われていました(2018年)。150年前に、冒険家松浦武四郎が、蝦夷地が北海道と名付けたことにちなんでいます。
北海道の始まりと前後して、多くの地域から北海道に新天地を求めて人々がわたり、開拓が進められます。実は私の曽祖父も、出雲崎から北海道に渡った人だということがわかっています。そんな縁もあり、少し興味を持って調べたことがあります。
開拓移民の多くは、本州の地域からまとまって移民しましたので、「北広島」「新十津川」「伊達」といった地名が現在も残っています。それぞれ広島、奈良、宮城からまとまって移住した人たちが、郷里にちなんで、名付けたものなのでしょう。
さて、新潟の人々の足跡をたどる地名はどうか。札幌の隣町、江別市に、新潟から移住した人々の痕跡が残っています。開拓の始まりからだいぶ遅れて、明治19年に、大橋一蔵という人物が募集した、北越殖民社の事業による「越後村」の跡地です。
記念碑に書かれた文章から、過酷な条件の土地を切りひらいた新潟の人々の努力を、読み取ることができるでしょう。
江別は、札幌まで電車で30分程度、割と便利な場所にあります。もちろん、人が集まる「観光名所」ではありません。いまの「越後村」周辺には、開拓当時の過酷な状況は感じられず、やや拍子抜けするかもしれませんが、北海道旅行が気軽にできるようになったら、立ち寄ってみてほしいところです。私が訪問したときには休館日でしたが、江別市内に郷土資料館があり、ここでも北越殖民社についての展示があるそうです。
気軽に北海道を旅するには、もう少し時間がかかりそうなので、北海道に渡った人たちの痕跡をたどる県内の場所を少しご紹介します。私もまだ訪れたことがないので、この夏行ってみようと思っています。
一つは、柏崎の松田伝十郎の碑。北海道を通って宗谷海峡を渡りさらに北上、樺太が離島であることを確認したのが、松田伝十郎です。その後対岸に渡った間宮林蔵の名前をとって間宮海峡という名前がつけられていますが、最初に離島であることを確認したのは、松田伝十郎なのだそうです。間宮林蔵に比べて知名度の低い人物ですが、新潟県民としては、探検家となった先人として、その働きを思い出してみるのもよいでしょう。柏崎の米山町に、記念碑があります。
もう一つは、三条市の堤邸広場。三条出身の実業家・政治家の堤清六の生家を移築した場所です。堤清六は、明治から大正にかけて、函館を拠点にカムチャツカ半島でのサケ・マス漁業で成功して、日魯漁業を共同で設立した人物です(日魯漁業は、その後「ニチロ」となり、現在は、マルハニチロ株式会社になっています)。北洋漁業で北海道の漁業が大きく発展を遂げていったとき、その中心には三条出身の堤清六がいたということになるのでしょう。函館市内にも「堤清六君之碑」が立っているそうです。
人の往来を抑制する日々はまだまだ続きそうです。夏の観光地として人気の北海道にも、なかなか行けるようにはなりませんが、そこには新潟県民をはじめ、本州から渡った人々の足跡が多く残っています。自由に旅行ができるようになったときには、お子さんと一緒に、北の大地に渡った人々の足跡を、たどってみてもいいのかもしれません。
*8月21日(土)BSNラジオ 朝10時~「立石勇生 SUNNY SIDE」で放送予定です。