最近、SNS経由で教えていただいて、YouTubeでChill Tunes Radioというアカウントで公開されている、「チルでエモい」80年代シティポップのプレイリストを聞く機会がありました。
再生してみたところ、1980年代のシティポップを思わせるノスタルジックな雰囲気を持つ楽曲が続々と流れます。ただ、どの曲も、自分が少年時代に聞いていた曲ではありません。これらは、2024年にAIを利用して作られたものです。YouTubeは一度再生すると、次々と似たようなものを表示させますので、他にもAIシティポップの楽曲やプレイリストが表示されるようになりました。
さらに、同じおすすめ欄には、1980年代に実際にリリースされた本物のシティポップの楽曲や、当時のミュージックビデオ(公式・非公式の両方)が一緒に表示されるようになりました。AI生成音楽と本物の音楽が同じ「シティポップ」という枠組みで提示され、アルゴリズムによって両者が区別されないままリスナーの目に(耳に)触れるのです。80年代を知らない若い世代には、区別が難しいはずです。このように、AI生成音楽と本物の音楽が混在して提示される状況は、現代のデジタル音楽体験の新たな一面を象徴しているようです。
AIが作り出すこれらの楽曲は、リアルタイムで80年代を体験した人々の記憶や感情に基づくものではなく、膨大なデータをもとに人工的に生成されたものです。そのため、これらの音楽が生み出す「懐かしさ」は、「体験に基づかない懐かしさ」、いわば人工的なノスタルジーと言えます。この現象には、新しい音楽の楽しみ方を提供するポジティブな側面がある一方で、創作や文化の本質について問いかける側面も含まれています。
AI生成音楽と本物の音楽の共存:YouTubeのアルゴリズムが生む課題
YouTubeのアルゴリズムは、AI生成音楽と本物のシティポップを区別せず、同じ「シティポップ」というジャンルとして提示します。その結果、公式音源と非公式にアップロードされた音源、そしてAI生成音楽が混在し、リスナーがどれを聴いているのか認識しづらい状況が生まれています。
この共存状態には複雑な側面があります。一方では、AI生成音楽をきっかけに本物のシティポップへ興味を持つリスナーが増える可能性があります。しかし、同時に本物の音源に込められたアーティストの努力や背景が軽視される懸念も否定できません。このような状況を受け入れつつ、アルゴリズム設計や教育を通じて、AI生成音楽と本物の音楽が適切に共存する環境を整えるべきでしょう。すでに「AIによって生成されたもの」を示す「ラベル」が、各SNSサービスの中で用意されてきています。
「80年代的」と現代の音楽をつなぐ教育の可能性
AI生成音楽の特徴やシティポップ特有の音楽的要素は、音楽教育に新たな切り口を提供するでしょうか。たとえば、音楽教育の専門家であれば、1980年代的な「シティポップ」の特徴やその時代背景について、2024年のヒット曲との対比から深く解説することができるでしょう(私にはできません)。シティポップの持つコード進行、メロディライン、アレンジの特徴と、現代の音楽トレンドを比較することで、音楽ジャンルの進化や多様性について、音楽の授業の中で触れることはできるかもしれません。
AIが模倣する音楽がどのように本質をとらえているのか、あるいはどの部分が表層的にとどまっているのか。どれぐらいの人々が理解し、感じ取ることができるのでしょうか(歌詞についても同じことがいえますが、言語教育はどういうアプローチをするでしょうか)。
AIが切り拓く新しい音楽制作の可能性
AI生成音楽では、楽曲は Suno AI、歌詞は ChatGPT、ジャケットやビジュアルは Midjourney といったツールを活用し、複数の生成AIのサービスを組み合わせて制作されているようです。おそらくは、音楽制作のハードルを下げ、多様なクリエイターが新しい方法で音楽制作に挑戦する可能性を広げているでしょう。
創作の本質とAI時代の未来
AI生成音楽は、これまでにない新しい音楽体験を提供しています。しかし、その一方で、従来の音楽が持つ「人」や「物語」による感動が欠けていると感じる人も少なくないでしょう。この変化を受け入れつつ、「創作の本質」をどのように守り、発展させていくのか。この問いに向き合うことが、AI時代の音楽文化を築く上で欠かせない課題と言えそうです。
* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。12月21日は、新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授の一戸信哉さんです。お楽しみに!