SDGs de はぐくむコラム

「佐渡島の金山」世界文化遺産登録決定

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2024年7月27日、ユネスコの世界遺産委員会が、「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録を決定しました。佐渡で市民団体による運動が始まったのは1997年、27年にわたる運動がようやく実を結びました。「佐渡島の金山」では、19世紀半ばまで機械装置を用いずに手工業のみで金の生産が行われ、最盛期には、量・質の両面で世界最大級かつ最高品質の金生産地として栄えました。
登録にあたっては、韓国政府が「朝鮮半島出身の労働者が強制的に働かされた場所だ」として反発していたことを受けて、日韓両政府が協議を重ね、最終的に韓国も同意するにいたりました。決定前後のニュースを見ても、両国が慎重に交渉を重ねてきたことがうかがわれます。世界遺産登録決定を受けて、日本政府の代表は「『佐渡島の金山』におけるすべての労働者、特に朝鮮半島出身労働者を誠実に記憶にとどめつつ、韓国と緊密に協議しながら、『佐渡島の金山』の全体の歴史を包括的に扱う説明・展示戦略および施設を強化すべく引き続き努力していく」と述べました。7月28日には、相川郷土博物館で、朝鮮半島出身者の鉱山労働について、展示が始まっています。

私は9月3日から4日にかけて、映像制作を行う学生たちと共に佐渡を訪問しました。ゼミ活動の一環として、佐渡の朝鮮人労働者について取材し、牧師の荒井真里さんや小野弘さんにインタビューを行いました。また、朝鮮人労働者たちがかつて暮らしていた「相愛寮」の跡地や、相川郷土博物館に新たに設置された展示も視察し、その様子を撮影しました。佐渡の夏の美しい風景や美味しい食べ物を楽しむ一方で、この地でかつて起こった悲しい歴史について深く考える機会となりました。

風景写真

いしはら寿司

相愛寮のうち、第一相愛寮と呼ばれる建物があった場所には、その後設置されていた「相川拘置支所」が保存、展示されています。2023年9月に佐渡を訪れた際、私たちはこの場所をただの拘置所跡として見学しましたが、新潟に戻ってから、ここが朝鮮半島から来た労働者たちの宿舎であったことを知りました。

その後、世界遺産登録の動向を注視し、この夏には登録が実現する可能性を見越して、昨年共に佐渡を訪れたメンバーと再訪問の計画を立てました。世界遺産登録が決定し、冷静に状況を振り返る余裕ができたと感じ、佐渡を再訪する決意を固めました。

SDGs目標8『働きがいも経済成長も』には、強制労働の撲滅や、移住労働者を含むすべての労働者の権利保護が含まれています。世界遺産登録をきっかけに、歴史の中で忘れ去られてきた人々に目を向けることは、現代社会における『働きがい』や労働環境の整備を考える上でも非常に重要です。

佐渡の発展を支えてきた鉱山の歴史には、過酷な環境で働かざるを得なかった多くの名もなき労働者たちの存在がありました。江戸時代には、家や仕事を失って無宿人となった人々が、江戸や他の幕府直轄地から佐渡へと強制的に送られ、過酷な労働に従事させられていました。金山の近くには無宿人の墓があり、さらにその周辺には遊女の墓も確認されています。また、島原の乱と同時期に、佐渡で処刑されたキリシタンたちが、迫害を避けるために厳しい鉱山労働を選ばざるを得なかったという見解もうかがいました。佐和田と相川を結んだ旧中山道の峠、中山峠は、キリシタン塚と呼ばれる場所が残されています。

無宿人の墓

キリシタン塚

さて、今回の訪問時、佐渡では日韓合意に基づいて、朝鮮人労働者に関する様々な対応策が実施されていることを確認しました。相川郷土博物館では、一室を使って「朝鮮半島出身者を含む鉱山労働者の暮らし」についての展示が行われていました。過酷な労働環境の紹介、煙草配給台帳、特高月報、さらに「半島労務管理に付テ」という文書や朝鮮人労働者の出身地に関する情報が、パネルを中心とした展示で紹介されていました。両国政府が妥協点を見出し、最終的に日本が選択した展示内容が反映されているように見受けられました。このほか、「朝鮮半島出身労働者関係施設への行き方案内」が展示され、入口で同じものが紙でも配られました。

行き方案内

一方、相愛寮の跡地には、新たに案内看板が設置されました。跡地を案内してくださった牧師の荒井さんも驚いていましたが、私たちが訪れた時期にこの看板が新たに設置されたようです。昨年訪れた相川拘置支所(第一相愛寮)はもとより、第三、第四の相愛寮にも、ここが朝鮮人労働者の宿舎であったことを示す看板が新たに設置されました。第三、第四の相愛寮や共同炊事場には、コンクリートの基礎部分がわずかに残るのみで、詳しい案内人がいなければ、場所を特定するのは非常に困難だったと思います。

佐渡の世界遺産登録は、新潟県民にとって長年の悲願でした。しかし、近年は日韓間の外交問題としても注目され、冷静な議論が行いにくい状況も見られました。今後、佐渡を訪れる人々の増加を期待すると同時に、ここで起きた歴史の『光と影』を冷静に見つめ、多様な視点から佐渡への関心を高めることができればと考えています。
   

 

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。9月28日は、新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授の一戸信哉さんです。お楽しみに!

立石勇生 SUNNY SIDE | BSNラジオ | 2024/09/28/土 10:00-11:00 https://radiko.jp/share/?sid=BSN&t=20240928100000

この記事のWRITER

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

青森県出身。早稲田大学法学部卒業後、(財)国際通信経済研究所で情報通信の未来像を研究。情報メディア論の教鞭を取りながら、サイバー犯罪・ネット社会のいじめ等を研究。学生向けSNSワークショップを展開。サイバー脅威対策協議会会長、いじめ対策等検討会議委員長などを歴任。現在:敬和学園大学人文学部国際文化学科教授。
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