SDGs de はぐくむコラム

北の大地に渡った新潟の人々〜稚内の「弥彦神社」と漁師たちの足跡を訪ねて〜

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今年の夏も一週間、北海道の最北端・稚内(わっかない)に行ってきました。現地で授業を行いながら少し調べていたのが、新潟の聖籠町や新発田市の漁港エリアから北海道へ渡った人々についてです。

きっかけは7月、聖籠町立図書館で開催された学生の映像作品上映会でした。担当の方とお話しする中で、「聖籠からは多くの人々が北海道へ渡り、稚内にもたくさんの漁師が渡った」というお話を聞いたのです。

*「敬和学園大学一戸ゼミ学生制作 ドキュメンタリー上映会」 – 図書館からのお知らせ | 聖籠町立図書館 https://www.lib-seiro.jp/adiary/adiary.cgi/0800

*新潟県自作映像コンクール受賞のドキュメンタリー2作品、聖籠町立図書館での上映会が決定!学生によるアフタートークも(20260718) | 敬和学園大学 新潟県新発田市にあるリベラルアーツ大学 https://www.keiwa-c.ac.jp/medialabo/medialabo-123393/

新潟の人々がまとまって移住し、札幌に近い江別(えべつ)に村を作ったお話は以前このコラムでもご紹介しましたが、どうやらそれとは時代も背景も異なる物語のようです。

*北海道で見つけた新潟県人の足跡  – BSN キッズプロジェクト https://kids.ohbsn.com/column/hokkaidodemituketaniigatakenjinnosokuseki/

今回は、今回の旅で見つけた、稚内や北海道各地に残る「新潟県人の足跡」をご紹介します。

恵北伊夜日子神社鳥居

恵北伊夜日子神社外観

1.最北の地にたたずむ「弥彦神社」〜稚内市恵北の物語〜

稚内市の郊外に「恵北(けいほく)」という地域があります。ここはかつて旧海軍が「大湊通信隊稚内分遣隊幕別(まくべつ)送信所」という重要な施設を置いていた場所で、太平洋戦争開戦時の暗号電文「新高山登レ一二〇八」を中継送信した場所としても知られています。現在は「赤レンガ通信所」として保存されており、私も例年見学させていただいています。

数年前、この近くに「恵北伊夜日子(けいほくいやひこ)神社」という神社があることを知りました。いつも赤レンガ通信所を案内してくださる地元の方が、実はこの神社の氏子代表をされていると今回知り、詳しく案内していただくことができました。

この地は、明治時代に新潟県選出の衆議院議員であった大竹貫一が開拓を進めた場所で、1902(明治35)年に「大竹農場」が作られました。多くの新潟県人がここに入植し、熊の出現におびえながら笹におおわれた猛烈な原野を切りひらいたといわれています。記録を調べると、近隣の増幌(ますほろ)地区には、同じく新潟の新発田藩ゆかりの市島家による「市島農場」や、福澤諭吉の婿養子である福澤桃介が所有した「福澤農場」などもありました。

この幕別(のちに恵北と改称)に生活の基盤を整えた人々が、郷里への思いを込めて越後一宮・弥彦神社から御神霊を分霊して祀って建てたのが、現在の恵北伊夜日子神社です。案内してくださった方によると、現在集落には「ルーツが新潟にある」と自覚されている方はほとんどいなくなったそうですが、神社の社殿の中には、今も新潟の弥彦神社の写真が大切に飾られていました。

恵北伊夜日子神社内部

2.海の道をたどって〜釧路と小樽に残る漁師たちの足跡〜

一方で、当初の目的だった「稚内における聖籠・新発田の漁師たちの足跡」については、残念ながら今回の滞在ではっきりとした痕跡を見つけることはできませんでした。

もちろん、日本海側から漁業のために出稼ぎに出た新潟県民が多く北海道を目指したことは分かっています。聖籠や新発田の漁村からも多くの人々が渡道し、最近でも親戚づきあいが続いているお宅があると聞きます。稚内での調査は引き続き行っていきたいと思います。

しかし、北海道の他の地域に目を向けると、もう少し明確な痕跡が見つかります。

たとえば道東の釧路市旭町にある「日枝(ひえ)神社」は、聖籠町次第浜(しだいはま)の日枝神社から分霊したものです。こちらは釧路の住宅街の中にありますが、最近いわゆる「神社じまい」のような神事が行われたという記事を目にしました。時代の流れとともに、地域の小さな歴史の形も変化していることを実感させられます。

また、小樽市高島というニシン漁で栄えた地域には、新発田市の旧紫雲寺町エリア・藤塚浜の人々の痕跡が今も色濃く残っています。この地域では現在も「高島越後盆踊り」という盆踊りが踊り継がれており、これが藤塚浜の盆踊りと同様のものであることが分かっています。

*小樽「高島越後盆踊り」と紫雲寺のつながり – 関東紫雲寺会ホームページ https://www.kantohshiunjikai.com/%E5%B0%8F%E6%A8%BD%E9%AB%98%E5%B3%B6%E8%B6%8A%E5%BE%8C%E7%9B%86%E8%B8%8A%E3%82%8A%E3%81%A8%E7%B4%AB%E9%9B%B2%E5%AF%BA%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82/

■ おわりに:先人たちの歩みを現代の暮らしにつなぐ

大地主が広大な土地を購入して農場や牧場を作ったケースとは異なり、個々の漁師たちが渡った足跡は簡単にはたどることができません。しかし、彼らもまた先に海を渡った親類縁者を頼り、厳しい海へ漕ぎ出していきました。そうした人々の絆が、神社や盆踊りといった「文化」の形で釧路や小樽にしっかりと刻まれていたのです。

おそらく新潟現地でも、聖籠や新発田の地域の方々にお話を伺っていくと、さらに多くの物語が見えてくるはずです。極寒の厳しい環境の中で知恵を絞り、道を切り拓いていった先人たち。

広大な北海道をすべて巡るのは容易ではありませんが、これからも情報を集めながら、新潟生まれの先人たちが遺した足跡を各地でたどっていきたいと思います。身近な歴史や他地域とのつながりを知ることは、私たちが暮らす地域を改めて見つめ直し、未来へ語り継ぐ第一歩となるのではないでしょうか。

 

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。8月29日は、新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授の一戸信哉さんです。お楽しみに!

http://立石勇生 SUNNY SIDE | BSNラジオ | 2026/08/29/土 10:00-11:00 https://radiko.jp/share/?sid=BSN&t=20260829100000

この記事のWRITER

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

青森県出身。早稲田大学法学部卒業後、(財)国際通信経済研究所で情報通信の未来像を研究。情報メディア論の教鞭を取りながら、サイバー犯罪・ネット社会のいじめ等を研究。学生向けSNSワークショップを展開。サイバー脅威対策協議会会長、いじめ対策等検討会議委員長などを歴任。現在:敬和学園大学人文学部国際文化学科教授。
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