SDGs de はぐくむコラム

悩むことに悩む 〜その一歩は、静かに準備されている〜

SNSでシェア

新年度になって二ヶ月ほどが過ぎ、新しい環境や周りの人にも少しずつ慣れてきた頃である。楽しい時間を過ごしている人もいれば、さまざまな壁や悩みに直面している人もいるだろう。気づけば同じことを繰り返し考えている。答えを出したいはずなのに、結論にはたどり着かず、「悩んでいる状態」だけが続いていく。

そんなとき、人はしばしば
「こんなに悩んでいていいのだろうか」
と、悩んでいる自分そのものに、さらに悩みを重ねてしまう。本来は一つの悩みだったはずが、
「決められない自分」
「迷ってばかりの自分」
「前に進めない自分」
といった自己評価が加わり、いつの間にか悩みが二重、三重に膨らんでいく。

では、悩むという営みは、本当に “止まっている状態” なのだろうか。

子どもの発達を見ていると、興味深い場面に出会うことがある。なかなか一歩を踏み出さない子がいる。周囲は心配し、「まだ歩かないのか」「大丈夫だろうか」と気をもむ。保護者はもちろん、保育者も、つい「何か足りないのではないか」「もっと練習させた方がよいのではないか」「手を持って補助したらよいのではないか」と考えてしまう。

しかし、その子は決して何もしていないわけではない。身体の内側では、筋力やバランス、感覚の統合が少しずつ整えられ、歩き出すための準備が静かに進んでいる。外からは見えにくいが、重心の取り方を学び、転びそうになったときの反応を覚え、自分の身体の動きを確かめている。

そうした小さな調整の積み重ねが、ある日、ふっと最初の一歩として現れる。その瞬間は突然に見えるが、実際には長い準備の積み重ねの結果である。

悩みも、それとよく似ている。
私たちは、悩んでいるとき、外から見れば立ち止まっているように見える。しかし実際には、頭の中で何度も状況を組み替え、可能性を試し、見えない形で調整を続けている。過去の経験を思い出し、他者の反応を想像し、うまくいかなかった場合のことまで考えている。すぐに答えが出ないのは、準備がまだ整っていないからであり、それは決して無駄な時間ではない。

むしろ、その時間こそが、行動を支える土台になっている。誠実に悩む人ほど、簡単には結論を出さない。他者の立場を想像し、結果の影響を考え、慎重に言葉や行動を選ぼうとする。その過程が長くなるのは、優柔不断だからではなく、責任を引き受けようとしているからである。

教育や保育、支援の現場でも、悩みは日常的に生じる。子どもへの関わり方、保護者への言葉の選び方、同僚との連携の取り方。どれも正解が一つに定まらない問題である。だからこそ、悩むこと自体は自然であり、むしろ必要な過程でもある。
「これでよかったのだろうか」
「別の言い方があったのではないか」
「もっと良い方法があったのではないか」
と振り返る姿を見ていると、その真面目さや誠実さが伝わってくる。悩まないことが強さなのではない。悩めること自体が、他者を大切にしようとする姿勢の表れである。ただし、注意したいのは、「悩むこと」が目的になってしまうときである。本来は前に進むための思考が、いつの間にか「間違えたくない」「失敗したくない」という不安に支配され、動き出すきっかけを失ってしまうことがある。十分に考えているはずなのに、
「まだ足りないのではないか」
「もっと良い答えがあるのではないか」
と考え続け、決断の時期を先延ばしにしてしまう。それは慎重さというよりも、完璧さを求めすぎている状態かもしれない。

子どもが歩き出すときも、完璧な準備が整ってから動くわけではない。少し不安定で、転ぶこともある。それでも、動きながら学び、動きながら調整し、少しずつ安定していく。

大人の私たちも同じである。完全に安心できる状況を待っていたら、いつまでも一歩を踏み出せない。ある程度考えたところで、「まずやってみる」と決めることが必要になる。大切なのは、「もう十分に考えた」と自分で区切りをつけることだろう。それは思考をやめることではない。次の段階へ進むための合図である。行動すれば、必ず新しい情報が得られる。うまくいけば自信になるし、うまくいかなければ修正すればよい。どちらにしても、前に進む材料は増えていく。

悩み続けることは、決して無意味ではない。むしろ、その人なりに前へ進むための力を蓄えている時間である。外からは静かに見えても、内側では確かな変化が起きている。だからこそ、「悩むことに悩む」必要はない。いま考えているその時間もまた、次の一歩につながっている。そして、その一歩は、思っているよりも、ずっと自然な形で現れるのだと思う。

私の悩みは そう!コラムを考える時かなぁ。

 

 

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。6月13日は、新潟県立大学学生部長 大学院 健康栄養学研究科 教授 人間生活学部 こども学科 教授の伊藤巨志さんです。お楽しみに!

http://立石勇生 SUNNY SIDE | BSNラジオ | 2026/06/13/土 10:00-11:00 https://radiko.jp/share/?sid=BSN&t=20260613100000

この記事のWRITER

伊藤巨志(三条市在住 新潟県立大学学生部長)

伊藤巨志(三条市在住 新潟県立大学学生部長)

1964年、三条市生まれ。日本体育大学大学院修了【体育学修士】、新潟大学大学院博士後期課程修了【博士(教育学)】。子どもの身体発育発達学、運動遊び、健康教育を専門に研究。新潟市寺山公園子育て交流施設「い〜てらす」低学年広場を監修するなど、遊びの中で運動を身につける「遊育」を推奨。現在:新潟県立大学学生部長 大学院 健康栄養学研究科 教授 人間生活学部 こども学科 教授。日本体育・スポーツ・健康学会、日本発育発達学会などに所属。
SNSでシェア

新着記事