SDGs de はぐくむコラム

粟島からのテレワーク・オンライン授業は実現できるか?

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9/14日から16日、はじめて粟島を訪問しました。新潟に住んで十数年、県内の市町村単位でいうならば、おそらく一番最後の訪問ということになるでしょう。

今回の訪問では、粟島への海底光ケーブル敷設の事業者審査において、包括連携協定を結んでいる敬和学園大学のメンバーとして、微力ながらお手伝いさせていただきました。仕事の時間以外は、粟島の美しい自然や独特の歴史文化にふれることができ、”わっぱ煮”をはじめ、おいしい魚料理を堪能することもできました。なるほど、夏休みの旅行先として人気があるわけですね。

粟島浦村にも、新型コロナウイルスの影響は出ています。新潟ー粟島間のフェリー運行(社会実験)は中止となり、9月も多くの県外在住者に対して、渡航自粛要請が出ている状態です。私は仕事で平日に滞在していたせいもあると思いますが、純然たる観光客と思われる人にはほとんど会いませんでした。

村上側から粟島への海底光ケーブルの敷設は、国の補助金を利用した取り組みとして計画されています。通常は民間事業者が自前で用意してくれる光ケーブルを、村上から島まで村の事業として引くという、村の未来をかけた大事業です。たとえ補助金で初期コストを減らせたとしても、今後の保守管理のコストがどれぐらい見込まれるのか。心配もありますが、いろいろ試算しながら、役場の人達が慎重に準備を進めています。

粟島では、固定のインターネットについては、現在もADSLのサービスしか提供されていません。私の短い滞在期間の間では、ネットが遅くて不便ということはあまりなかったのですが、データのダウンロードに時間がかかったり、オンライン会議に支障があったりすることもあると聞きました。そしてADSLのサービスは数年後には終了とされています(光サービスのない地域では継続するともされています)。その頃、移動体通信は5Gになるかもしれませんが、5Gもまた、海底光ケーブルを介して、粟島との間に通信を提供するしかないと、役場の方にうかがいました。

正直なところ、離島のブロードバンド化がここまで遅れているとは思っていませんでした。個人のネット環境、行政のネットワーク、学校のオンライン化、いまはまだ実感ないですが、ネットワーク環境で不利な条件に置かれることは、島の今後には大きなハンデであり、死活問題…。粟島浦村役場の人たちは「島民の理解を得ながら、なんとか自前でインフラを用意して本土並みのネット環境を、5G含めて実現したい」としています。

粟島には、コンビニもファーストフードもありませんが、豊かな自然があります。私の泊まった旅館たてしまさんは、役場の方に「刺し身だけ満腹になるところです」とご案内されましたが、本当に連日「大盛り」の刺し身の盛り合わせでした。島は釣り好きにとっても最高の環境だとききました。大漁の日には、村内放送がかかり、村民に魚のおすそ分けがあるそうです。「みんな顔見知りのご近所さん」という島ならではのエピソードです。

ここに充実したネット環境があり、テレワークも可能になり、さらに新潟港との定期航路が復活すれば、移住・定住・長期滞在といった人たちがもっと出てくるかもしれません(住宅確保の問題もあるようですが)。私も大学に行かずに仕事ができる期間があるならば、しばらく粟島でリモートワーク、ワーケーションをしてみたいです。

いま教育分野では、オンライン教育の可能性がさまざま語られるようになりました。どの教育段階においても、対面授業やリアルの学校生活を行うはもちろんあるわけで、オンラインと対面授業、友達と対面する学校の諸活動をどう組み合わせていくべきか、模索が続いています。ただ、離島の教育環境は、同じ文脈で、以前から大きな問題でした。粟島には高校がありませんので、粟島浦小中学校の生徒たちはみな、島外に出て高校に通っています。この状況を変えられないものか。

今年度、多くの大学が取り組んだオンライン授業というのは、この点を大きく変える可能性を示しました。特に粟島の場合には本土まで1時間半という距離ですので、たとえば岩船港や新潟港からのアクセスがあれば、新潟県内の高校や大学に通うのはそう難しくないです。粟島浦村は、都市部からの「しおかぜ留学」を推進していて、留学生たちは牧場での馬の世話を始め、山の仕事、海の仕事などで、自らが「主役」となりながら、小中学校に通っています。島で生まれた子どもたちも、島に留学してきた子どもたちも、望むならば島で暮らしながら高等教育を受けられる。もし実現できるなら、これは島の未来にとってきわめて重要なことでしょう。都会に向かう若者を止めることはできませんが、条件を整備することで、村の未来を開く可能性はあります。

湯沢町のように東京に近く、スキーリゾートの環境が整っている町も、テレワークを前提にした移住・定住の支援をしています。新潟市にも、広いエリアの中で、テレワークにマッチした環境を提供できる余地はあるでしょう。都市部へのアクセスが比較的良い新潟県で、大人はどう働くことができ、子どもたちはどのように学んでいくことができるのか。

それぞれの市町村の置かれている環境は異なります。粟島浦村の条件は相対的に不利だとは思いますがチャンスはあります。豊かな自然の中で子どもを育てたいとして、都会から移住する家族はすでにいます。ネットワーク環境を整備すれば、社会の変化の中で、ますます可能性は広がります。「東京だけで考えるのではなく地方の声をきいてほしい」と、よくいうわけですが、「県庁所在地だけで考えるのではなく、離島など県内各地の状況もふまえて、テレワークや学校のあり方を考える」というのも大事なことかと思います。粟島での訪問をきっかけに、ICTを利用した暮らしやすい新潟について、あらためて考えていきたいと思います。

*BSNラジオ 10月3日午前9時からの「大杉りさのRCafe」に一戸教授がご出演されます。お楽しみに!

この記事のWRITER

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

一戸信哉(新潟市在住 敬和学園大学人文学部国際文化学科教授)

青森県出身。早稲田大学法学部卒業後、(財)国際通信経済研究所で情報通信の未来像を研究。情報メディア論の教鞭を取りながら、サイバー犯罪・ネット社会のいじめ等を研究。学生向けSNSワークショップを展開。サイバー脅威対策協議会会長、いじめ対策等検討会議委員長などを歴任。現在:敬和学園大学人文学部国際文化学科教授。
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