人生には、いろいろな幸せの瞬間がある。
試験に合格した時。仕事がうまくいった時。久しぶりに大切な人と会った時。ずっと楽しみにしていた旅行に出発する時もそうだろう。
では、その「幸せ」を音で表すとしたら、どんな音になるのだろう。そんなことを考える人は、あまりいないと思う。でも、私には一つある。
「プシュッ」である。
缶やペットボトルの炭酸飲料を開ける時の、あの音だ。たった一瞬で消えてしまう。別に大きな音でもないし、きれいな音というわけでもない。でも、私は昔からこの音が好きだった。
考えてみると、あの短い音の中に、「やっと飲める」という期待や、「終わった」という解放感や、ちょっとした幸福感のようなものが入っているからなのかもしれない。
思い返せば、子どもの頃からそうだった。
夏休みの暑い日。部活動で夢中になって練習し、汗だくになって旧三条高校近くの酒屋に入る。今のようにコンビニがあちこちにあった時代ではない。
店の冷蔵庫を開けると、冷えた炭酸飲料が並んでいる。缶を手に取ると、表面には小さな水滴がついている。これが、たまらない。汗だくの高校生にとっては、その冷たい缶が、ちょっと大げさに言
えば宝物のように見えた。そして、プルタブに指をかける。
「プシュッ」 これである。

その瞬間、暑さも疲れもどこかへ飛んでいくような気がした。もちろん、本当に喉を潤してくれるのは、その後に飲む炭酸飲料である。だから「プシュッ」だけでは何の役にも立たない。でも、今になって思うと、本当に嬉しかったのは、飲んでいる時だけではなかったような気がする。
店に入る時。冷蔵庫を開ける時。冷たい缶を手に取る時。そして、「さあ、飲むぞ」とプルタブに指をかける時。その一連の時間が楽しかったのだ。その期待が一番高まったところで鳴る音が、「プシュッ」だったのだと思う。
そう考えると、子どもというのは、こういう小さな出来事を楽しむのがとても上手である。
保育や教育の現場にいると、子どもたちの姿から、そのことを教えられることがある。
紙袋の中に何が入っているのか。
風船がどこまで膨らむのか。
絵本の次のページに何が描かれているのか。
プレゼントの包み紙の中から何が出てくるのか。
大人から見れば、「そんなに楽しみなの?」と思うようなことでも、子どもたちは目を輝かせる。たぶん、子どもたちは結果だけを楽しんでいるわけではない。
「何が出てくるのだろう」
「次はどうなるのだろう」
その「まだ分からない時間」を楽しんでいるのだと思う。
ところが、大人になると、どうもこれが下手になる。
仕事が終われば、次の仕事。一つ原稿を書き終えれば、次の締め切り。行事が終われば、「さて次は……」となる。
もう少し余韻に浸ってもよさそうなのに、なかなかそうはいかない。便利な生活になって、昔より感動することが少なくなった、と言う人もいる。でも、本当にそうなのだろうか。
感動することがなくなったというより、小さなことに「おっ」と思う力が、大人になるにつれて少し鈍くなっているだけなのかもしれない。
そんなことを最近よく考えるようになった。きっかけの一つは、大好きなサウナである。サウナ室で汗を流し、水風呂に入り、内・外気浴でゆっくり休む。身体も心も少しずつ落ち着いていく。もちろん、その時間そのものが気持ちいい。
ただ、正直に言えば、サウナに入っている途中から、頭の片隅には別のことも浮かんでいる。
「今日は帰ったら何を飲もうかな」である。
サウナ好きの人なら、少しは分かってもらえるのではないだろうか。
家に帰る。冷蔵庫を開ける。冷えた缶を取り出す。そして、指をかける。
「プシュッ」 これが、いい。
サウナの後だからなのか、一日の終わりだからなのか、それとも単に喉が渇いているからなのか。おそらく全部だろう。でも、その瞬間の幸福感は格別である。考えてみれば、サウナに入っていた時間も、水風呂も、休憩も、家まで帰る時間も、全部がこの「プシュッ」につながっているような気さえしてくる。さすがに、それは言い過ぎかもしれない。ただ、何かを楽しみに待つ時間というのは、案外いいものである。そう考えると、私たちは日常の中で、いろいろな「プシュッ」を経験しているのではないだろうか。

大きな仕事を終えた日の帰宅後。
締め切りに追われながら、ようやく原稿を書き上げた夜。
長い会議や行事が無事に終わった時。
学生なら、試験の最後の答案を書き終えた瞬間もそうかもしれない。
子どもなら、運動会や発表会を終えた時。
「ああ、終わった」「よく頑張った」そんな時に鳴る「プシュッ」は、いつもの音とは少し違って聞こえる。
単なる開栓音なのだけれど、「今日も、まあ、よくやったな」と、自分に言っているようにも聞こえる。私は、こういう小さなご褒美があってもいいと思っている。毎日、大きな幸せがやってくるわけではない。むしろ、そんなことはほとんどない。だからこそ、日常の中にある小さな楽しみを見つけておくことは、意外と大事なのではないだろうか。
旅行も、出発してからより、前の日に荷物を準備している時の方が楽しかったりする。遠足も、当日より前の晩の方がわくわくした、という人もいるだろう。試合も、始まる直前が一番緊張する。新しいことを始める時も、「どうなるかな」と思っている時が、案外一番楽しい。
そう考えると、幸せというのは、「何かを手に入れた瞬間」だけではなく、その少し手前にもあるのかもしれない。「もうすぐ」という時間である。
炭酸飲料なら、まさにプルタブに指をかけた瞬間だ。
「プシュッ」。一瞬で消えてしまう。
考えてみれば、子どもたちは、こういう「もうすぐ」を楽しむのがとても上手である。
「もうすぐ始まる」「もうすぐできる」「もうすぐ分かる」そんな時の子どもの顔は、何とも楽しそうだ。何でもないことで笑い、何でもないことに驚き、「もう一回!」と言う。
大人になると、ついつい「その先」にある結果ばかりを見てしまうけれど、その手前にある時間も、もう少し楽しんでいいのかもしれない。私にとっての「プシュッ」も、きっとその一つなのだろう。

さて、この秋、子ども学科では「秋のファミリーコンサート」があります。
学生たちも、今、その日に向けて準備を進めています。
本番を迎えるまでのわくわくも、終わった瞬間の「やった!」も、きっと一つの「プシュッ」なのでしょう。皆さんも、学生たちと一緒に、最高の「プシュッ」を味わってみませんか。

* BSNラジオ 土曜日午前10時「立石勇生 SUNNY SIDE」の オープニングナンバーの後に「はぐくむコラム」をお伝えしています。9月5日は、新潟県立大学学生部長 大学院 健康栄養学研究科 教授 人間生活学部 こども学科 教授の伊藤巨志さんです。お楽しみに!
